「『よく見る人』と『よく聴く人』」広瀬浩二郎、相良啓子著

公開日: 更新日:

「『よく見る人』と『よく聴く人』」広瀬浩二郎、相良啓子著

「5-1=6」。この不思議な数式は、「五感のうち一つを使わないことにより、人間は新しい価値観・世界観に出合う」という、本書の著者のひとり、全盲の文化人類学者・広瀬の信念を表現したものだ。通常、「目が見えない」ことは「障害」ととらえられてしまうが、むしろ目が見えないことで、視覚に頼らず音・におい・風などを鋭敏にとらえることができるのではないか。全盲=四感というのは浅薄な思い込みであり、「使っている触覚の割合が異なるだけ」なのだと。共著者の相良は19歳のときに両耳の聴力を失い、現在は広瀬と同じ国立民族学博物館に所属し、手話言語学類型論・聴覚障害児教育を専門とする研究者だ。相良もまた、聴力を失い手話と出合ったからこそ、ほかの人にできないことができるようになったと、広瀬の考えに共感を示す。

 本書は、目が見えないこと/耳が聞こえないことは障害ではなく、それぞれが独立した文化であり、見える/聞こえるという、視覚・聴覚を前提とした多数派の文化の在り方を問い直していく、異文化間のコミュニケーション論だ。相良と広瀬の生い立ちが交互に語られ、それぞれの学校生活の模様、専門研究の具体的な方法などを知ることができる。日本史専攻の広瀬が点訳・音訳が難しいくずし字で書かれた古文書と格闘したり、相良がろう者であることを理由にアパートの入居を断られるなど「異文化」ならではの苦労も語られる。

 そうした苦労も、現在はICT(情報通信技術)の発展や法律の改定により軽減され、技術のおかげで、広瀬はよくテレビや映画を「みる」し、相良は旅行が大好きで、母親と一緒にカラオケに行ったりするという。それに驚くということ自体、いかに彼ら・彼女らの文化を一般の人が知らないかということの証左だが、まずはそれぞれの「文化」を知ること、それが共生への早道となるだろう。 〈狸〉

(岩波書店 1034円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    北乃きいが「まるで別人!」と話題…フジ「ぽかぽか」でみせた貫禄たっぷりの“まん丸”変化

    北乃きいが「まるで別人!」と話題…フジ「ぽかぽか」でみせた貫禄たっぷりの“まん丸”変化

  2. 2
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  3. 3
    鹿児島・山形屋は経営破綻、宮崎・シーガイアが転売…南九州を襲った2つの衝撃

    鹿児島・山形屋は経営破綻、宮崎・シーガイアが転売…南九州を襲った2つの衝撃

  4. 4
    (6)「パンツを脱いできなさい」デビュー当時の志穂美悦子に指示したワケ

    (6)「パンツを脱いできなさい」デビュー当時の志穂美悦子に指示したワケ

  5. 5
    ビール業界の有名社長が実践 自宅で缶ビールをおいしく飲む“目から鱗”なルール

    ビール業界の有名社長が実践 自宅で缶ビールをおいしく飲む“目から鱗”なルール

  1. 6
    マレーシア「ららぽーと」に地元住民がソッポ…最大の誤算は歴史遺産を甘く見たこと

    マレーシア「ららぽーと」に地元住民がソッポ…最大の誤算は歴史遺産を甘く見たこと

  2. 7
    静岡県知事選で「4連敗」の目 自民党本部の推薦が“逆効果”、情勢調査で告示後に差が拡大の衝撃

    静岡県知事選で「4連敗」の目 自民党本部の推薦が“逆効果”、情勢調査で告示後に差が拡大の衝撃

  3. 8
    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

  4. 9
    若林志穂vs長渕剛の対立で最も目についたのは「意味不明」「わからない」という感想だった

    若林志穂vs長渕剛の対立で最も目についたのは「意味不明」「わからない」という感想だった

  5. 10
    “絶対に断らない女”山田真貴子元報道官がフジテレビに天下りへ 総務官僚時代に高額接待で猛批判浴びる

    “絶対に断らない女”山田真貴子元報道官がフジテレビに天下りへ 総務官僚時代に高額接待で猛批判浴びる