万年橋の仇討ち
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(12)私も剣術を習いたいんです
「お千加さんは確か高島藩で暮らしていたんだよな」 「ええ、まあ……」 口を濁すが、 「しかもお父上は不正の罪を着せられて殺されたのだと……」 「與之助さん、誰からそんなことを…
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(11)千加が初めて持った淡い恋心
「與之助さん、千加です」 千加が伊勢崎町で錺職をしている與之助を訪ねたのは翌日だった。 「どうしたんだい、元気がねえし、顔色も悪いな」 與之助は金床の上で銀の細工をしていた手を止…
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(10)左京の言葉に歯を食いしばる
左京は千加の父が残した文書を読み終えると、膝前に置いて腕を組んだ。 「ううむ……」 大きく息をつき、しばらく言葉を発しなかった。だがまもなく、豊と千加の顔を交互に見て、 「どこか…
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(9)どうだ、嫁に行く気はないか
(三) 翌日、朝食を終えたところに、母の兄、渡邊左京がやって来た。 「大事ないか」 左京は女二人の住まいにやって来ると、まず部屋に上がる前に家の中を覗いて眺め回す。 畳は…
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(8)これは父さまの遺書です
千加は母の豊の前に、父の着物から取りだした紙を広げて置いた。 全部で三枚、冒頭の紙には『賄い方不正の詳細』と題し、勘定方組頭に提出する文章の内容と同一のものをこれにしたためるとある。 …
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(7)鶴の羽の部分が透かし彫りに
「おや、與之助さんに会ったんだね。今日朝のうちに、お千加が出かけた後に、かんざしを届けてくれたんですよ」 長屋に帰ると、母の豊は千加の顔をみるなり言った。 「ええ、届けてくれたこと、私も…
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(6)振り返ると深川の與之助が
崎山平左衛門は生きておれば、御年五十歳だ。 千加は気付かれぬよう後を尾ける。 日本橋からまっすぐ南に向かって歩く侍の後を追いながら、千加は八年前に父が仲間だと言って、崎山平左衛門を屋…
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(5)櫛を髪に通し汚れを落とす
(二) 津島屋の内儀およねの紹介で、千加が日本橋南一丁目にある小間物問屋『日吉屋』に髪結いに向かったのは数日後のことだった。 前日に使いが来て、日吉屋の内儀は五十路も過ぎた高齢で、腕が…
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(4)内儀およねの手間賃は破格
「さあどうぞ、お召し上がりになって……」 およねは女中に茶菓子を運ばせると、道具を片付けて手洗いを終えた千加に勧めた。 「ありがとうございます」 千加は、お茶を取って喉を潤す。 …
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(3)丸髷でも鬢を張りましょう
千加がまもなく訪ねたのは、今川町に呉服太物商の暖簾を張る『津島屋』だった。この深川では一、二を争う大店で、月に二度の訪問を約束しているのだが、今日はそれとは別に臨時で頼みたいと使いが来て、それで急遽…
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(2)千加はお約束いたします
殺しがあったその場所は、永堀町の南仙台堀の河岸だった。 既に野次馬が大勢垣根を作っていて、垣根の向こうに町奉行所の同心や小者の姿が見える。 千加は野次馬を強引に割って入って、殺されて…
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(1)女っぷりも良い灯籠鬢の貝髷
(一) 「お母さま、行ってまいります」 千加は、臥せっている母の豊に声を掛けると、髪結いの道具が入った箱を取った。 「お千加、すまないねえ」 弱々しい声が返って来る。 …